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8-1 結婚記念日 1

last update Last Updated: 2025-05-29 20:12:25

 季節は5月になっていた。

「明日のスケジュールを今メールで翔のアドレスに送っておいたよ」

PC に向かっていた修也は書類に目を通していた翔に声をかけた。

「ああ、ありがとう」

早速翔はPCに目を通す。

「うん。この日程なら何とかなりそうだ。修也はスケジュール管理もうまいな。姫宮さんがあんなことになって引継ぎも中途半端だったのに……流石だな」

翔はニヤリと笑った。

「いや、ここまで出来るようになったのはやっぱり姫宮さんのお陰だよ。僕の為に完璧なマニュアルを作っておいてくれたんだから」

「そうか……それじゃ姫宮さんはきっと向こうの会社でもうまくやれているだろうな」

「そうだね。きっと二階堂社長は素晴らしい人材を手に入れたと喜んでいると思うよ。何せ翔の秘書を務めていたんだからね」

「そうだな……でもまさか姫宮さんが二階堂先輩の秘書になるとは思わなかったよ。おまけに……」

「うん。驚いたね。まさか来月結婚式を挙げるなんて」

修也は今朝届いたばかりの結婚式の招待状を眺める。

「ジューンブライドを選ぶなんて先輩もなかなかやるよ」

翔は椅子の背もたれに寄りかかった。

「でも……僕も招待されているけど、本当に参加してもいいのかな? あまり姫宮さんとは接点が無かったし、二階堂社長のことも知らないんだけど……」

「……いいんじゃないか? 断れば失礼だ。だけどな……」

翔はジロリと修也を見た。

「俺の妻には……」

「分かってるよ、翔。親しくするなって言うんだろう? でも一応挨拶だけはさせてくれるよね?」

「挨拶……そうだな……挨拶は仕方が無いか……」

翔は難しい顔をする。そんな様子の翔を見て修也は笑った。

「本当に翔は奥さんの事が大事なんだね。でも安心していいよ。僕は翔の奥さんと親しくしないように心掛けるからさ」

「……」

翔はそれには答えず、黙って修也を見つめるのだった――

****

 その日の19時。

 ——ピンポーン

朱莉の住むマンションのインターホンが鳴った。

「あ。レンちゃん。パパが来たみたいだよ? ちょっとお利口にして待っていてね」

ハイチェアに座っていた蓮に声をかけると、朱莉は玄関へと向かった。

「こんばんは、朱莉さん」

ドアを開けるとそこには笑顔の翔が立っていた。手には紙バックを持っている。

「こんばんは、翔さん。どうぞ上がって下さい」

「ああ、それじゃお邪魔しようか
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